2011年3月

2011年3月



3月18日に九州新幹線「さくら」にのって、実家の佐賀に帰省しました。
本当は、15日に行く予定でしたが、あの地震で東京にいる息子が急遽春休みということもあるし帰省してきたので、日にちをずらしたのでした。
いろいろなことがありすぎて、しかもTVのなかの映像と実生活がかけ離れすぎて実感がわきませんでした。でも、子供は東京での様子を語っているし、大阪でも一時お米が品切れになる混乱ぶりでした。
身重の義妹が東京にいて、だんなさんが何か必要なものはないかとメールでたずねたところ、お米と電池がないとのこと。お米はすぐに送れたのだけど、単1の電池が無いとのこと。佐賀にいた私も、あちこち探し回ったけれど、入り口のところにすでに乾電池はないとの張り紙。
通常の状態なら、電池ぐらい我慢したらとおもうけれど、なにぶんまだ安定期にも入っていない彼女が少しでも不安にならないようにしたいとの思いで、必死に探しました。あきらめかけて最後に家の近所にある小さな薬局の隅っこに、懐中電灯があって、その付属品として単1の電池が4個ありました。それを東京にすぐその店から送ってもらいました。でも、到着したのは、送ってから5日後の昨日でした。
被災地でもない東京の親戚のことがこんなに心配で、遠く佐賀でも電池や懐中電灯が売り切れになる(多くの人が関東圏にいる自分の親戚に送っているということ)現状。ましてや実際に直面しているかたがたのことは想像を超えます。

何度、朝目が覚めても、現実なんだと言い聞かせなくてはいけないくらいでした。

実家で済ませなくてはいけない用事があったのでどうしても佐賀に帰らなくてはいけなかったのですが、子供とだんなさんと二人きりは初めてなので、大丈夫かなっとちょっと心配でしたが、仲良くしていたみたいです。だんなさんのお弁当を息子が作ったり、二人で買い物に出かけたり、晩酌も毎晩のようにしていた様子。

息子の大学は、4月開校を遅らせて、5月6日から始業とのこと。今は同じ大学の同級生の男の子がうちに泊まりに来ています。ご両親が海外赴任中で一人で関西にいる兄弟のところに身を寄せいていたとのこと。4~5日うちに泊まる予定。息子もとても楽しそうに今朝も5時ぐらいまで話し声がしていた。まるで中坊みたい。

毎日、大阪では日常が普通に過ぎて行っているように見えて、何か違っている。

北の空に早く春が来て、少しでも耐えやすくなりますように。

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